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2月に奪われた光

 河西美枝ちゃん(当時2歳10ヶ月)が、1987年2月14日、犯人宅に連れ込まれた際に大声で泣いたため、粘着テープで口を塞がれた上、そのまま放置されなくなりました。翌日、岡谷市内の山林に埋められました。

 蓮尾岳史(たけし)ちゃん(当時7歳)が、1990年2月2日、下校途中、当時17歳の犯人に、大野城市の農業用ため池「新池」まで連れていかれ、6時20分ごろ、草むらで首を手で絞められて窒息死しました。

 中川藍ちゃん(当時7歳)と梅野裕莉ちゃん(当時7歳)が、1992年2月20日に、登校中に誘拐され殺害され、甘木市の山中で絞殺体で見つかりました。

 2001年2月26日、山本翔(かける)ちゃん(当時3歳)が亡くなりました。
 家族の愛情を求め、注意を引こうとしていた翔ちゃんは、2001年年2月20日に午後4時15分ごろ、妹にいたずらしたことから、継母に平手で叩かれて転倒した翔ちゃんは、石油ストーブに激突し、その2時間後、義理の祖父に数回殴られ、その結果、6日後に脳障害で息を引き取りました。
 日常の継母ら家族4人による虐待は、「翔君の足が宙に浮いたり、腰砕けになって、その場に倒れ込んだりするほど激しく、その際、翔君は手足や上半身をけいれんさせていた」(読売新聞、東京朝刊、2001年11月21日)程だったそうです。

 藤嶋飛士己ちゃん(当時1歳2ヶ月)、2002年2月19日に、香川県香川町の無認可保育園「小鳩幼児園」で、園長の虐待によって、殺害されました。
 事件の経緯は、共同通信(2002年7月19日)によれば、以下のとおりです。
 午前9時ごろ 約一メートルの高さから飛士己ちゃんを布団の上に投げ落とし、泣きだした飛士己ちゃんに「うるさい」と怒鳴り、頭を平手で二回、げんこつで三回殴打する。
 午前10時ごろ 飛士己ちゃんの顔が白っぽく、手足が冷たくなっていることに気付いたが「救急車を呼ぶと暴行がばれる。死ぬかもしれないが、飛士己ちゃんには私の犠牲になってもらおう」などと考える。
 午前11時ごろ 飛士己ちゃんは座いすの背もたれにもたれたまま、力が入らなくなる。谷被告は衰弱するさまを凝視し続ける。
 午前11時15分ごろ ぐったりしてほ乳瓶を持つことさえできない飛士己ちゃんを見て「死ぬ。事故死を装うしかない」と思う。
 午前11時45分ごろ 飛士己ちゃんは今にも消えそうな弱々しい声で「アー、アー」と泣く。谷被告は他の園児から飛士己ちゃんの表情が見えないように、布団の向きを変える。
 正午ごろ うつぶせに寝かされたまま、飛士己ちゃんが亡くなる。谷被告は泣き声が聞こえなくなったことから、死亡を知る。
 高松地裁「傷害,殺人被告」(平成14(わ)150)

 2004年2月23日、鳥見颯姫(さつき)ちゃん(当時3歳)が亡くなりました。

 2005年2月1日、谷本琉美(るみ)ちゃん(当時2ヶ月)が亡くなりました。

 2005年2月4日、青山翔馬ちゃん(当時11ヶ月)が殺害されました。
 この事件は、2005年2月4日午前10時40分ごろ、愛知県安城市のスーパーで、ベビーカーに乗っていた翔馬ちゃんは、犯人にナイフで頭を刺され、亡くなりました。
 10日には、1歳の誕生日迎えるはずでした。

 2005年2月7日午後8時から8時30分ごろ、兵庫県尼崎市で、大亀一樹(当時5歳)が、首を電気コードで絞められて、亡くなりました。

 2005年2月8日午後6時40分ごろ、千葉県市原市で、酒井弘之(ひろゆき)ちゃん(当時7ヶ月)が、暴行を受けて頭がい骨骨折などで亡くなりました。突発的に起きた事件でした。

 2005年2月11日、茨城県常陸大宮市で、佐藤大輝(だいき)ちゃん(当時3歳)が亡くなりました。

 2005年2月27日、岐阜県中津川市で、藤井孝平(こうへい)ちゃん(当時2歳)と彩菜(あやな)ちゃん(当時生後21日)が亡くなりました。
 この事件は一家6人殺傷事件として、二人の祖父が逮捕起訴され、現在、公判中となっています。

 2006年2月7日、群馬県渋川市で、島内碧(へき)ちゃん(当時3歳)が亡くなりました。児童施設に預けられていた碧ちゃんを、両親が引き取った矢先の事件でした。「素直で純真な子」だったそうです(朝日新聞、東京地方版/群馬、2006年6月23日)。

 2006年2月7日、高松市で、山下歩夢(あゆむ)ちゃん(当時3歳)が栄養失調のため、亡くなりました。

 2006年2月10日、金光奎亮(けいすけ)ちゃん(当時3歳)と金光里紗ちゃん(当時1歳)が亡くなりました。

 2006年2月17日に、グループ通園中に、武友若奈ちゃん(当時5歳)と佐野迅ちゃん(当時5歳)が、胸や背中などを約20箇所を刺され、若奈ちゃんは同日午前9時45分ごろ、迅ちゃんは正午ごろ息を引き取りました。

 2006年2月24日、宇都宮市で、古川頌(しょう)ちゃん(当時3歳)が窒息死しました。

 2006年2月25日、長野県飯綱町で、佐藤光明ちゃん(当時2歳)が亡くなりました。

 今後このような事件が起きないように。

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コメント

やはり人の死というものは孤独ですなー

投稿: | 2008/12/26 17:35

たまたま見つけました。
2歳7か月の女の子のママです。

読んでいると、息が出来なくなる程のショックでした。
非常に悲しいです。涙が止まりませんでした。
どうして?なぜ?と叫びたくなります。
事件に巻き込まれたご両親、ご家族は無念でならない事と存じます。。。 本当に悲しい事。
私にはきっと乗り越えられない悲しみ。
更に驚いたのは、虐待の多さ。
うちの娘と変わらない子供達が非常に多い様に思いました。 
確かに大変な時に差し掛かったのかもしれませんが、あの笑顔・仕草・笑い声なにもかもがキラキラとしていて子供って素晴らしい。 怒ることも、イライラする事も一杯ありますが、あの笑顔・泣き顔の前では全てが消えてしまいます。 このサイトを拝見して、明日からもっと毎日の一瞬一瞬を大切に育てていこうと思わされました。

幼くして命を絶たれた子供達にご冥福申し上げます。

投稿: | 2009/03/23 00:43

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